卒業生の皆さん、こんにちは。私が本学に着任してから早くも16年が経過しました。振り返ると、私たちはこの間に驚異的なAI技術の進化を目の当たりにし、教育や研究の場でそれらを取り入れることで、皆さんとともに成長してきました。ここでは、これらの稀有な経験を振り返りながら、卒業生の皆さんに改めてエールを送りたいと思います。
私の専門はマルチメディアデータ工学です。自然言語、画像、映像、音響、Web、センサデータなど、さまざまなデータを対象としたAI技術の研究を行っています。本学に奉職したのは2008年のことで、ちょうど本学コンピュータ理工学部が開学したタイミングでした。当時は、まだ深層学習が普及する前で、自動翻訳も流暢とはとても言い難いレベルでした。
その後、2012年に画像認識の分野で深層学習が大幅な精度向上を達成し、研究対象の多くが深層学習に置き換わりました。さらに、2017年には機械翻訳の分野でTransformerが登場し、自動翻訳の品質が大幅に向上しました。2018年には、Transformerを用いた大規模言語モデルであるGPTが登場し、2022年にはその発展版としてChatGPTが登場しました。深層学習とTransformerというAI技術のブレークスルーを短期間に2回も目の当たりにできたことは、大きな驚きとともに非常に刺激的な経験でした。
一方で、授業においては、関連科目を担当していたことから、その内容の大幅な書き換えがその都度必要となりました。特別研究のテーマにおいても、新技術を反映したものに更新していくこととなりました。しかし、授業の受講生たちや研究室の学生たちは新技術を吸収するスピードが速く、特に研究室においては、新技術を反映したテーマであっても、従来技術の頃と変わらないペースで学会発表していくことができています。これは学生たちの素晴らしい努力の結果であり、指導教員として誇りに思っています。特に、コンピュータ理工学部生からの最初の博士学位取得者を輩出できたことは忘れがたい経験です。
この16年間で得た最大の教訓の一つは、技術の進化に柔軟に対応することの重要性です。新しい技術を取り入れつつ、実応用を見据えた実装スキルも含め、学生たちとともに新しい課題に向き合い掘り下げる喜びを共有することができました。これからもこの姿勢を大切にし、教育と研究を続けていきたいと考えています。
さて、卒業生の皆さんも生成AIの影響を少なからず受けているのではないかと推察しています。例えば、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデルは、まるで人間のように話すことができます。これは、生成AIを訓練する際に、世の中のほぼ全てに匹敵する規模のデータを用いて訓練しているからで、実際に多くのことを記憶しています。単に記憶するだけでなく、知っている事柄の間を補間することもできるため、これまでに補間されたことのない事柄が出力されると、生成AIは新しいことを創造しているように人間には見えてしまいます。
しかし、生成AIは訓練したデータの範囲外のことについては上手に対処できません。少なくとも執筆時点での生成AIは、基本的に記憶されたものを取得し補間することしかできません。これはいわゆる知能とは言えません。知能とは、新しい状況やこれまでに見たことのないものに適応する能力です。現時点の生成AIは、知的には見えるものの、知能があるとまでは言えません。
それに対し、人間は、未知の状況や新しい事態が発生しても、それに対応し、新たな発明や価値を生み出すことができます。少しの例が与えられれば、そこから新しいスキルを身につけることもできます。その意味で、人間は汎用的な知能を持っており、現在の生成AIとは明らかに異なります。
生成AIは世の中の一般的な解を確認する近道を提供してくれるものと考え、上手に活用してください。くれぐれも生成AIに自身の意思決定を委任することのないように。
卒業生の皆さんには、今後も人間独自の価値を大切にしつつ、人生において常に学び続け挑戦し続けてほしいと思います。皆さんの益々のご活躍を心から祈念しています!