総合生命科学部の創設に伴い、新任教員の一人として本学に着任してから10年以上が経過しました。当初、新学部のため担当する講義数は少ないだろうと考えていましたが、着任早々、週に四回の講義を担当することになり、その準備や講義で忙しい毎日を過ごしたことを覚えています。不慣れな講義でうまくできたか怪しいものでしたが、2年目からはだいぶ慣れ、満足してくれた学生もいたようです。講義が良かったからと研究室に来てくれた学生もおり、まんざらでもないと、ニヤニヤしたこともありました。
大学教員のメインの仕事は、研究と学生の教育ですが(その他雑用多数)、教育を通して多くのことを学びました。自分が学生のころ、熱力学が理解できず、その当時の教授がいきなり偏微分の式を用いて説明を始めたときには、度肝を抜かれました。内容をよく理解していた友人もいたので、自分の努力不足もあったかもしれませんが、大学の学びの難しさを痛感しました。そのようなトラウマを抱えつつ、自分が化学の講義で熱力学を教えることになり、何か因縁を感じましたが、熱力学を教えることで、昔はさっぱり理解できなかったことが分かるようになりました。熱力学は普遍性の高い学問であり、突き詰めていくと世の中の成り立ちや時間の理解につながります。この面白さを学生にも伝えたいと思い、講義の準備を進める中で、自分の理解も深まりました。私の研究テーマは、ナノサイズの生体分子の働きの仕組みを解明することですが、熱力学を深く学んだおかげで、これまで見えていなかったことが見えるようになりました。おかげで研究が発展し、多くの論文を執筆することができました。
着任当時は、新学部ということもあり、研究室に学生がいない期間が2年半続きました。しかし、徐々に学生数も増え、大学院生を含めると10から15名の学生が毎年研究室に所属して研究活動に励むようになりました。研究室では学生とマンツーマンで話すことが多く、その中でもさまざまな学びがありました。
最近では、研究手法がどんどんアップデートされ、昔取った杵柄が効かなくなることもあります。今の学生はいわゆるZ世代で、スマホを使って新しい情報をどんどん取り入れています。研究に関しても例外ではなく、私が知らない最新論文をSNSで見つけてきたり、新しい手法で実験を行ったりする姿には驚かされることが多くなりました。私も負けじとスマホで検索を試みますが、親指での入力が遅く、なかなか若い人のスピードには追いつけません。それでも、長年の研究経験が役立つ場面も少なくありません。データの解釈や、得られた成果からどのような結論を導き出すのか、学術論文としてまとめる際の思考力の部分では、まだまだ教えることがたくさんあります。
今は人生百年時代。人生航路は簡単には終わりません。教え教えられつつ学びを深めていけば、まだ見ぬ景色が広がります。自分も学生、卒業生たちも、この長い旅路をより楽しむことができるでしょう。多くの出会いと学びに、乾杯。