京都産業大学同窓会

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学部別

「物語る力」をみがく

(※2022年9月発行の同窓会報の内容を転載しています)
中西 佳世子 教授
文化学部教授 19世紀アメリカ文学・文化

 私は2014年度から2年次生の基礎演習を担当し、2018年度からは基礎演習に加えて3年次生の演習Ⅰを担当しはじめました。2019年度に演習Ⅰから演習Ⅱにすすんだ4年次生を担当し、ゼミからはじめての卒業生を送り出しました。この間の文化学部におけるカリキュラム改編に伴い、ゼミの名称もアメリカ文化演習、文学・芸術演習、国際文化演習と推移しました。当初のアメリカ文化基礎演習では銃社会、ディズニー、禁酒法といったアメリカ文化に関する研究が大半でしたが、その後、アメリカ文学を中心とする英語圏文学を研究するゼミに移行しました。中西ゼミでは2年次生の基礎演習と4年次生の演習Ⅱでゼミ論集を発行し学びの集大成としてきました。卒業生のみなさんへのメッセージをということで、これまでのゼミ論集のページを繰りつつ、みなさんと一緒に読んだ文学作品とともに、授業で繰り広げられた作品解釈をめぐるディスカッションを懐かしく思い出しています。

 文学研究とは何をするのだろう?単に一緒に本を読む、感想を共有するということではなさそうだけれど・・・みなさんはゼミを選ぶときに、こうした期待と疑問を抱いていたと思います。基礎演習の教科書に指定している『文学批評理論入門』(廣野由美子著、中央公論新社)では、文学研究の手法として大きく「内在的アプローチ」と「外在的アプローチ」に分けています。前者は文学テキスト内で起きている「焦点化」「アイロニー」「ストーリーとプロット」「異化」「間テキスト性」といった文学技法や「書簡体小説」「ゴシック小説」といったジャンルなどに注目する文学の分析手法です。後者は歴史的背景や作家の伝記背景、フェミニズムやジェンダー批評、ポストコロニアル批評、脱構築批評、新歴史主義、など作品テキスト外の要素に注目する分析手法です。文学作品はあらゆる文化事象を内包する芸術といえますが、文学研究はこうした知識を駆使して立体的に作品を分析し、それを他者と共有することで、人間と人間社会への理解を深める学問と言えます。

 こうしてみると「文学は役に立つのか」という巷の疑問へのひとつの答えがでてくるでしょう。「物語る力」は人をして人たらしめる根源的な力です。「物語る力」を分析し、それを文章で記す文学研究はとりもなおさず、自身の物語を創造する力をみがく訓練でもあります。ここ数年のコロナ禍で、誰しも、多かれ少なかれ思い描いていた人生設計が損なわれる経験をしたでしょう。そのような時こそ、自分の物語を創生し、自身のことばで物語を紡ぐ力を活かしてください。プロット(語られる出来事の順序)が変わっても、人生のストーリーが失われるわけではありません。人間は語りの焦点を移行させ、目の前の出来事を異化し、自由に時空を移動してモノを見ることができます。アイロニーは予期しない結末が物語の大きな意味付けになることを教えてくれます。社会事象に鋭敏な目と感覚を持つ作家たちが文学技法を駆使した文学作品は、教養を深めるだけでなく、物語創生のために必要な多種多様なモチーフ、技法、パターンをも提供してくれます。

 少し話が難しくなりましたが、ゼミで私が一番楽しみにしているのは、みなさんが選んだ本、自分では選ばなかっただろう本を手にし、その本を通してみなさんの美意識や価値観に触れることです。中西ゼミでは京都産業大学図書館書評大賞への応募をひとつの課題とし、論文執筆のための最初のステップとしてきましたが、この取り組みの中で時代も地域もジャンルもさまざまな多くの本に出会うことができました。これまでに受賞したみなさんの優れた書評は、図書館HPに掲載されているLib.特別号で読むことができます。また、中西ゼミでは文化学部で取り組んでいる「むすびわざブックマラソン」の活動にも参加してきました。2019年にパシフィコ横浜で開催された「図書館総合展」でのポスター発表で受賞しましたが、この時の横浜出張も楽しい思い出です。

 卒業生のみなさんが、文学作品の分析を共有する「贅沢な時間」を少し取り戻したいと感じたときには、ゲストとしてゼミを覗いてください。社会人となったみなさんのより深い洞察は後輩の刺激になるに違いありません。そしてみなさんも後輩たちのフレッシュな感性に触れて「物語る力」をブラッシュアップして下さい。

「図書館総合展」でポスター発表を担当した
高澤さん(左)と斎藤さん(右)。