京都産業大学同窓会

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学部別

新型コロナウイルス感染拡大と生命科学の力

(※2020年9月発行の同窓会報の内容を転載しています)
瀬尾 美鈴 教授
生命科学部 分子細胞生物学

 卒業生の皆様、お元気ですか?日本国内だけでなく、世界中の国々においても新型コロナウイルス感染拡大という想像もできなかった災いによって、私たちの生活はあらゆる側面に大きな影響を受けている今日この頃です。皆様がつつがなくお過ごしであることを心から祈っております。
 我らが京都産業大学においても、新型コロナウイルス感染拡大によって学生さんの春学期間中の大学への入構が禁止されたため、すべての授業をオンラインで行っています。私は、コンピュータの画面をとおして講義する難しさを日々感じています。対面授業では、学生さんの表情から理解度や講義の内容に対する興味を読み取っていたのだな、とよくわかりました。研究室にはいつも学生さんと大学院生さんがいて、皆が実験し教えあい談笑して、実験の結果についてディスカッションしたり、セミナーをしたりしていた生活を懐かしく思いだします。 私は、京都産業大学で30年以上、工学部生物工学科、および総合生命科学部生命システム学科の卒業生の皆さんと共に、生命科学の研究を行ってきました。私の主な研究テーマは、細胞増殖因子とその受容体の働きを明らかにし、その基礎研究の成果を病気の治療に役立てることです。細胞増殖因子は、私たちの体を構成する細胞自身が作り出すタンパク質で、細胞間の情報伝達に用いられています。私たちが日々新しい細胞を生み出し、生命を健康に維持するためには細胞増殖因子が必要不可欠です。細胞増殖因子を遺伝子工学の技術を用いて生産し、再生医療にも大きく役立っているのです。
 細胞増殖因子が、細胞の膜にある受容体に働くと受容体が活性化し、細胞の内部に情報を伝達します。DNAの収められている核の内に情報が伝わると、遺伝子を活性化し細胞分裂を促進します。または、特殊な機能を持つ細胞に分化するように指令をだします。しかし、遺伝子の変異などによって細胞増殖因子とその受容体の情報伝達経路が過剰に作動すると、正常な細胞ががん細胞に転換するのです。がん細胞はブレーキの壊れた車のように、増殖が止まらなくなり、他の臓器に転移することで臓器の機能障害を起こし、最終的には患者さんの命を奪うのです。私たちが取り組んできた細胞増殖因子は、線維芽細胞増殖因子FGFと血管内皮増殖因子VEGF-Aです。FGFとVEGF-Aはがん細胞自身の増殖を促進しますが、正常な血管内皮細胞の増殖や血管形成も促進します。その結果、腫瘍組織へ新たな血管が形成され、がん細胞が栄養や酸素の供給を受けることが可能になり急速に増殖するとともに、がんの転移が促進されるのです。VEGF-AやFGFの中和活性抗体が、がんの阻害薬として開発されています。私の夢はVEGF-AやFGF受容体の細胞内情報伝達経路の新たな阻害薬を完成し、がんの新しい治療薬として世界に届けることです。
 私はこれまでも、私の研究室の卒業生の皆さんから、多くの素晴らしい支援を頂いてきたことを心から感謝しています。卒業生の皆さんの活躍が、私の生きるエネルギーを生み出してくれています。残念ながら、紙面の関係で全ての皆さんをここに紹介することはできませんが、生物工学科第1期生のNさんは、本学大学院を修了後も、本学の講師として継続して学生のコンピュータ教育に関わってくださっています。S大学の助教Sさんは、私の研究に鋭いコメントや大事な実験のサポートをしてくださっています。Tさんは、その几帳面で真面目な性格と確かな培養技術で研究所においてiPS細胞の維持になくてはならない存在です。会社員のUさんは、毎週土曜日にボランティアで研究室を訪問し、分属学生の実験指導を続けてくださっています。生命システム学科卒業生のKさんとMさんはがんの血管新生に興味を持ち、私の研究室に分属して生命科学研究科に進学し、修了後はそれぞれその専門性を生かした職業で活躍しておられます。
 卒業生の中で、専門分野以外の領域に就職されている方、または就職されていない方も、自分たちが学んだ生命科学という専門分野が今特に役立っている、と実感してくださっているのではないかと思うのです。なぜなら、新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの命を守るために何が求められているのか、また何ができるかを的確に科学的に理解できる力を、皆さんが備えているからです。卒業生の皆様の生命科学の知識や経験が今こそ、社会から必要とされている力となるからです。例えば、新型コロナウイルスを不活性化する中和抗体を遺伝子工学の技術を用いて生産することができます。新型コロナウイルスがどのように私たちの細胞に感染して、子ウイルスを増やすのかを知り、その経路のどこを抑えれば、有効な抗ウイルス薬を開発できるのかを考えることができます。新型コロナウイルス感染拡大は、皆様が社会にとってなくてはならない存在であることをはっきりと示してくれました。まさに、今この時も日夜ワクチンや抗ウイルス薬の開発に従事し、懸命に頑張っておられる卒業生の皆さんもいらっしゃると思います。

平成28年2月27日卒業研究発表会

 私自身は、新型コロナウイルス対策を進めるうちに、獲得したオンライン技術で、今まではなかなか直接お会いする機会がない卒業生の皆さんとオンライン飲み会を開くことができそうだ、と新しい希望が湧いてきました。お声をかけた時は、ぜひ参加してくださいね。乾杯しましょう。
 ここに卒業生の皆様のますますのご健康とご活躍、そしてご幸福を心から御祈りいたしまして、ペンを置くことにしたいと思います。