京都産業大学同窓会

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学部別

―低単位の学生たちとどう向きあってきたか―

(※2018年9月発行の同窓会報の内容を転載しています)
鬼塚 哲郎 教授
文化学部 スペイン文学

 1980年代の初め、スペイン語の教員として本学に着任した私ですが、定年を間近に控えた今、最も心血を注いだ授業は何だったかと問うてみると、「キャリア・Re-デザイン」というキャリア教育の科目だったのかなぁと答える自分がいます。
 今から十数年前のある日、本学キャリア教育のトップから「留年しそうな学生をキャリア教育でなんとかエンパワメントしたいのですが……」と提案された私は、即座に「あ、やってみます」と答えていました。「大学でエンパワメントを本当に必要としているのは、勉学への意欲が低下している学生たちではないか」と常々考えていたから、即答したのでした。そして2005年、低単位学生を対象とする「キャリ ア・Re-デザイン」が開講。以後12年間、試行錯誤を繰り返しながら現在に至っています。これまでに2500名くらいの卒業生がこの科目を履修した計算になります。

5分間スピーチの風景

 授業を再現してみます。1日目は、4人のグループで協働しつつ絵を描くことを通じて、受講生が言語を用いずに自己と他者の違いを体感します。その後同じグループで<自分史を語る>に取り組みます。ねらいは、初対面の人にも自己開示することは可能であると受講生が実感するところにあります。2日目。2週間後、小規模のクラスにわかれ、受講生全員が互いに親和的関係を築くことに専念します。3日目・4日目は合宿授業。キャリアにかかわる自分なりの物語を創作することで、物語に埋め込まれた自分自身の価値観について考察するのがねらいです。5日目・6日目。社会人と対話することで受講生が仕事世界の多様性を実感します。2週間後に振り返りを行います。7日目。授業最終日は5分間スピーチ。「今の自分についてみんなに知っておいてほしいこと」といったテーマが設定され、スピーチを聴く側はコメントシートを書いて応答します。
 以上が7日間の授業のあらましです。既存の枠組みから離れた、相互承認の場をつくり、そこで自立しつつある個人として自己内対話を深めていくというのが授業のねらいです。教員、職員、学生、社会人がファシリテータとして授業を運営。ひたすら対話が深まっていくよう支援します。この7日間で、受講生の多くは大きく変貌していきます。

合宿授業の1コマ

 ある受講生の声――「授業最後の5分間スピーチにおいて自分自身と向き合った結果、ギャンブルが自分にさまざまな悪い影響をもたらしている事が分かったので、そこからギャンブル以外のシュミを探すよう変化しました。これはこれまでの4年間まったくやっていなかった新しい事で、自分の中で最も大きい進化であると思います」というコメントには、自律・自立に向けて一歩踏み出した受講生の姿が読み取れます。授業の成果が社会でどのように活かされているのか(または活かされていないのか)、卒業生の方々からフィードバックがあればこんなにうれしいことはありません。