京都産業大学同窓会

輝く卒業生

最近の輝く卒業生
輝く卒業生
アーカイブ

困難を糧に成長しながら、
常に挑戦し続けることが 私のミッション。

(※2018年9月発行の同窓会報の内容を転載しています)
堀場 弾さん(2004年 経済学部卒業)
株式会社堀場アドバンスドテクノ 代表取締役社長
1980年生まれ。京都府出身。2004年経済学部卒業後、株式会社堀場製作所入社。2008年ホリバ・インスツルメンツ社(米国法人)2012年より社長補佐、2014年6月カリフォルニア大学アーバイン校大学院経営学修了(Executive MBA)。7月 ホリバ・インスツルメンツ社(米国法人)社長就任。2018年1月、水質や液体の計測事業を担う株式会社堀場アドバンスドテクノ代表

新しい自分に出会える喜びが、次の挑戦に踏み出す原動力に。

堀場 弾さん01
自らの世界が広がった大学時代

――今、ふり返ってみてどんな学生生活だったと感じていますか?
 多彩な学部学科を擁する総合大学として他府県からの学生も多く、多様なバックグラウンドや志向を持った個性豊かな友人との出会いを通して、世界が広がった4年間でした。さまざまな刺激を受ける中で、より能動的に行動するようになりましたね。
 所属していた「チープトリップ」という旅のサークルでは、キャンプなどの活動を行うほか、神山祭のステージでオリジナルのダンスを披露して特別賞をもらったことも、楽しい思い出の一つです。

――同窓生のつながりが広がっているのも京産大ならではですね?
 はい、堀場グループにも卒業生が100名以上在籍していて、「京産会」として年に1~2回親睦を深めています。私も10年ぶりにアメリカから戻ったので、交流を重ねていくのを楽しみにしています。

経験を重ね、成長できたアメリカでの10年

――堀場製作所入社5年目でアメリカに渡られましたが、日本との違いを最も感じられたこととは?
 チームでの成果が注目される日本に比べ、アメリカではより個人の成果が重視されます。私も自分自身の成果によって貢献できなければ、アメリカでは認めてもらえないと感じ、日本にいた時よりもより自己マネジメントを意識し、個人のパフォーマンスを出せるよう努めるようになりました。
 例えば、当時採算が取れず、縮小が検討されていたある事業について、徹底的に業績の解析を行い、市場の成長性と利益管理の問題点を見極めた上で、「投資を続けるべき」と上司を説得したことがあります。結果、業績は回復して順調に利益も出るようになり、貢献することができました。

――その後、MBA取得のために、仕事をしながら大学院にも通われたんですね?
 ええ、米国生活3年目に先述の個人のパフォーマンスに限界を感じたことから自ら挑戦したわけですが、想像以上に困難な状況でした。レポート、プレゼンテーション、テスト…と次々と成果が求められ、言葉の壁もあり、初めの半年は挫折の連続でした。ただ、課題に取り組むうちに、“グローバルに展開する日系企業”というバックグラウンドと経営に携わってきた経験が強みになると実感できたことが転機となり、積極的に取り組み、成果へと結びつけることができました。

――そして、米国法人の社長に就任されました。
 厳しい判断を迫られ、精神的なプレッシャーを感じる場面もありましたが、大きく成長できたと感じています。堀場グループでは、国内外を問わず人を大切にする社風が根付いており、社是の「おもしろおかしく」は米国法人でも「Joy & Fun」として浸透しています。こうした文化を受け継ぎながら、アメリカで得たマネージメントを融合させ、現在社長を務める堀場アドバンスドテクノをグローバル企業として成長させることが今の目標です。

堀場 弾さん02
挑戦の先に次のステージがある

――最後に今年度卒業する学生に向けてメッセージをお願いします。
 様々な経験を通じて人としての幅を広げてほしいですね。その中で気づきがあり、周りや自分を見つめなおすきっかけにもなります。社会で困難に直面した時、そうした気づきが役立ちます。逃げずに能動的に取り組む。客観的に分析する。視点を変えて自信を取り戻す。私のアメリカでの10年間も、そんな挑戦の連続でした。そして、在学中にサークルでの連続でした。そして、在学中にサークルで知り合い、渡米前に結婚した妻がとても大きな支えとなってくれました。また、アメリカでの最初の2~3年間、直属の上司からも親身なサポートを受けました。彼女のことは「第二の母」と呼んでいたほど、よく悩みを相談していましたね。
 真摯に困難に立ち向かえば、きっと周りの理解や協力が得られます。乗り越えた先では、必ず新しい自分に出会えます。そして、次の挑戦に踏み出せる勇気を手にできます。みなさんの力強い健闘をお祈りしています!