ビジネスの実践を通して公共の発展を考える
――まずは、中谷先生の研究分野について教えてください。
もともとは「日本とフランスの市民社会」をメインテーマとし、主に政策論の立場で経済政策や移民政策について比較研究していました。ところがある時、比較対象であるフランス人と話してみたのですがどうも話が合わない。日本の場合、市民社会は行政や大企業のあり方を監視する役割と捉えられがちですが、欧米での「市民」とは中産階級、つまり経済活動を行う人のことです。市民社会とは、ビジネスの担い手が自由を勝ち取ってきた積み重ねだと気づき、そこから「ビジネスの側から公共をどうつくるか」へ興味がシフトしていきました。
――政策論とビジネス、日本では別物のようなイメージがありますが、本来の意味をたどれば繋がっているのですね。
おっしゃるとおり、ビジネスの担い手が市民社会の出発点であれば、経済活動と公共政策は切り離せません。ただ、この理論を教壇で伝えるだけでは不十分だと感じていました。「教室で学んだことは、試験が終わると忘れられてしまう」と悶々としていた時に、大学院生の頃、ヒマラヤ山中の調査で出会った欧州の若者を思い出しました。世界を旅し、国際NGOに参加していた彼の「社会で経験を積んでから、生涯の仕事を探すんだ」という言葉が印象に残っています。欧州では珍しくないキャリアの歩み方ですが、日本では学生と大人の最初の接点が就活サイトという状況でした。学生が幅広い経験を積むためには、企業や行政を巻き込んだ実践の場が必要だと考えたんです。
――実践の場、ですか。
はい。そんな思いから、2013年にNPO法人「グローカル人材開発センター」を立ち上げました。企業や行政のプロジェクトに学生が参加する取り組みはゼミでも行っていましたが、これをより継続的に行うべく組織化しました。政策学は社会を良くするためにあるもの。理論と実践を結びつけ、社会にイノベーションを起こしたい。それが私の研究の原点です。
“自走”できる人材を育成する「アントレプレナーシップ学環」


――中谷先生は、2026年度から新設された「アントレプレナーシップ学環」の学環長に就任されましたね。これまでの研究活動とどのような繋がりがあるのでしょうか。
これまで大学の協力を得ながらNPO法人として学外で活動してきましたが、ようやく大学本体と合流できたと感慨深いものがあります。アントレプレナーシップは「起業家精神」と訳されますが、本来の意味は「起業」にとどまりません。企業内で新事業を立ち上げたり、家業に新しい可能性を見出したりといった、イノベーションを生み出す原動力となるものです。日本全体がイノベーション教育に注力する流れの中で、京都産業大学でも本格的な取り組みが始まろうとしていました。まさに自分がやりたかったことが学内で実現されるとわかり、声をかけていただいた時は嬉しかったですね。
――アントレプレナーシップ学環の特色を教えてください。
従来の学問体系に沿った学部ではなく、いくつもの分野を横断する「学環」である点です。アイデアをビジネスとして成立させるには、経営学だけではなく、法制度の理解や社会課題へのアプローチ、さらには理系分野の知識も欠かせません。一つのキャンパスに複数の学部が集まる本学だからこそ、その資源を結集したカリキュラムが実現できました。学環の設計にあたって特に重視したのは実践性、そして与えられた課題をクリアするのではなく、自ら仕掛ける人材を育てることです。
――具体的に、どんなプログラムがあるのでしょうか?
例えば、1年次の基礎演習では「1万円チャレンジ」を実施します。グループに与えられた1万円をもとに、知恵を出し合い期限内にどこまで価値を生み出せるかに挑戦するものです。
2年次には希望者を対象に、韓国やベトナムなどの企業を訪問する海外フィールドスタディを行い、学生自らプレゼンや動向調査に取り組みます。AIやフードテック(※ITを活用した食領域の最新技術)といった、理系分野の最新動向を学べる科目も設けています。さらに、学生が自ら企画を持ち込んで実践していく過程を単位化する「セルフ・カルチベーション(自己開拓)」という科目で、自走できる人材を育成します。
創造的な学びで「京産の王道」を体現する
――今年度から1期生を迎え入れて、手ごたえはいかがでしょうか。

1万円チャレンジでは、観光地で手作り看板を販売したり、企業からの受注を目指したりと、学生の積極性が光っていました。世界的なソーシャル・イノベーションのコミュニティ「Impact Hub Kyoto」の協力を得たオリエンテーションなど、外部機関との交流も進み、充実した滑り出しです。ただ、まだ始まったばかりですから、学生たちはこれから失敗もたくさんするでしょう。過度に期待しすぎず、冷静さと熱心さを両立しながら、彼らのやりたいことを全力で応援していきたいですね。

――最後に、同窓生に向けてメッセージをお願いします。
実は、アントレプレナーシップ学環は新しいことをやっているのではありません。本学が「産業大学」という名前を掲げて人材育成に取り組んできた歴史に忠実な、いわば王道を行くものです。学環の創設にあたって、実際に起業した方や企業内で新事業を開拓された方など、たくさんの同窓生にお会いし、60年の歴史の中で築き上げられた層の厚さを改めて実感しました。同窓生の多大なるご協力に、この場を借りて感謝申し上げます。AIが世界を席巻し、社会が目まぐるしく変化する中で、アントレプレナーシップはますます重要なものになります。「学生たちのために自分の経験を生かしたい」と思っていただける方は、ぜひ同窓会を通じて声をかけてください。同窓生のネットワークを学生たちの学びに生かし、さらには同窓生のビジネスに貢献する。そんな関係を築くことで、「京産isback」を皆さんと共に体現したいと思っています。
